‘プロジェクトBurma’ カテゴリーのアーカイブ

【プロジェクトBurma】 メータオ・クリニック (写真/文 八尋伸)

2010年12月13日 月曜日


メータオ・クリニック
11月5日、タイ、ビルマ(ミャンマー)国境の町にある病院を訪れた。
11月7日に行われるビルマ総選挙を控え、隣国タイではいくつかの国境は閉じ、国境線の警戒は厳しくなった。
それは、普段国境を関係なく行き来する地元民に被害が生じたが、ビルマ軍政の迫害から逃れてきたカレン人達にとってもさらに深刻な被害をもたらしていた。
メータオ・クリニックは1989年に難民だったシンシア・マウンさんが設立。
タイはビルマ国境の町メソットにある。
ビルマ側では治療が受けられない国内難民や、カレン人たちが越境してやってくる病院だ。
もちろんメソットに住んでいる人も診察を受けに来る。
医師や看護婦は現地スタッフと海外からのボランティア、NGOなどの支援によって運営され、医療設備や、患者の金銭的な問題などを抱えながらも診察を続けている。
多くの患者は、マラリアや結核などだ。
HIVの可能性のある患者も来るが、検査が高額なため診断することが出来ない事が多い。
外来患者の3分の1以上は小児科だ、風邪や栄養失調の子供が多い。日本では問題にならない病気を悪化させて来る子供が多いという。
産科もあるため年間2000人の新生児を取り出しており、生まれた彼らには記録が残らないため、病院で出生証明書を作るサービスも行っている。
地雷を踏んで足を無くしてしまう人もいるため義足も製造しており、他にも外科、眼科なども作られている。
スタッフに話を聞くと一日300人の外来患者が来ていたそうだが、選挙間近になり国境を閉じ、国境線の警戒が厳しくなってからの外来患者は一日3,40人ほどまで激減してしまった。
選挙前だからか、私が失礼な事をしてしまったのか、クリニックのスタッフも患者もピリピリとした感じが受け取れた。
彼らは不法入国して来ているため、写真を撮るときも気を使う。
しかも、カレン人難民が越境して診察を受けに来るのは大変なリスクを伴う。
彼らはビルマ、タイのIDを所持できず、タイの警察に捕まると賄賂を払って見逃してもらうか、そのまま刑務所へ入れられてしまう。
もちろん、彼らはそんな大金は持ち合わせてはいない。
医療スタッフの話では病院の入り口の前で警官が張り込みをして、外来患者が来院出来なくなってしまった事もあったそうだ。
2カ国の国境に翻弄される人々を前に、ボランティアスタッフはここで出来ることを出来る限り行うと静かに語った。
写真/文 八尋伸

外来患者の多くは小児科だ。ここでは日本ではすぐ治る病気も、ひどく悪化させて連れてこられる子供も多い。

外科病棟の隅に収容されている患者。口をパクパクさせ深く息を繰り返すが、意識があるのかどうかは分からない。喋れる状態にないまま運ばれてきたので名前も、年齢も分からない。運ばれてきた時の状況を知る人はビルマ軍に捕まり、荷物運びで酷使されて逃げてきたそうだ。暴行された形跡もあった。が、本人から事実は聞くことは出来なかった。1週間前に運ばれてきたが、クリニックではどうすることも出来ないという。

クリニックの手術室。ここですべての手術を行うが設備が十分ではないため、難しい手術は他の病院で行うこともある。

義足を製作する工場。地雷で足を失う人も多い。

治療を受けた子供。ビルマ側では迫害に加え、医療も遅れているため、子供を亡くす人たちが多い。無料で診察してくれるクリニックは彼らにとってありがたい。

産科もあり、多くの新生児を取り上げているが、生まれてくる子供は未熟児が多い。原因は妊婦の栄養失調や、妊娠中に病気にかかってしまう事だという。

協力して検査を行う日本人ボランティア医師。彼らは政治的、宗教的な思想はなく、一人の医者として、日本では少ない臨床経験を得、クリニックの医療の向上を目的としてボランティアに加わっている。
※本文と写真は、APF NEWSの《プロジェクトBurma》と時を同じくして、タイ・ビルマ国境で取材・撮影をしていた八尋伸さん(写真家)のゲスト寄稿です。
2010/12/13 19:36

【プロジェクトBurma】反省会議&『APF NEWSサイト』リニューアル会議

2010年11月27日 土曜日


タイトル:取材報告会反省会議&「APFサイト」リニューアル会議
配信日:11月26日(金)

出席者:
山路 徹(APF通信社代表)
冨田 きよむ(報道カメラマン)
サポーターの皆さま
USTアドレス:
http://ustre.am/oZRX
主催:
株式会社APF通信社


ビルマ取材報告会・東京開催 2010.11.23/撮影 横濱勝博
2010/11/27 2:51

【プロジェクトBurma】タイ ビルマ難民キャンプにて (写真/文 八尋伸)

2010年11月21日 日曜日


タイ北部にあるビルマ難民キャンプを訪れた。
タイ国内に数あるビルマ難民キャンプの中でも、比較的自由に行き来できる場所にあり、比較的恵まれたキャンプだ。電気はソーラーパネルで充電し、共有スペースに使うだけで各家には電気は引かれていない。水、トイレもすべてが共用になっているが最低限のものは揃っている。
ここの住人はビルマの、タイのIDも持っていない、住人達は隣国ビルマで2002年に起った戦闘で村ごと逃げてきた人たちだった。

難民キャンプからの風景。真ん中のドラム缶は共同の水場。洗濯、食器洗い、シャワー、
水周りのことはここですべて済ます。

ビルマに住んでいたときの事を語ってくれた。夕飯の支度で忙しそうだった。
「ビルマ軍が村にやってくると女、子供を残して男は全員逃げる。男が見つかると殺されるか、ポーターとして全員連れて行かれる。
女、子供が残る理由は村に誰もいなくなると、食料や家畜をビルマ軍に略奪され皆生きていけなくなるから。
そして、ビルマ軍は次の村への案内役として女を何人か連れて行く。
道中はビルマ軍の世話をさせられ、レイプされ、最後には殺される。運がよかったら解放される。」
「ビルマ軍が村に来たとき、私と子供達は地下の部屋に隠れました。
彼らは私の夫に200バーツ出せと言ったのですが、夫は20バーツしかないと言った瞬間に撃たれ殺されました。国が平和になっても嫌なことばかりだったからもう帰りたくない。」

キャンプで一番高齢の女性。93歳ということだが、3年前も93歳と言っていたらしい。
陽気に色々語ってくれた。

敬虔な仏教徒の彼らの家の中には仏壇に近いものが必ず置いてある。
このキャンプに逃げてきたお年寄りは嫌な顔せず、ビルマに住んでいたときの事を教えてくれた。お茶もご馳走してもらった。
キャンプの男達は昼間に畑を耕し、採れたものを売って賃金を得ている。
中には都市部へ出稼ぎに行き、建設業などの労働で仕送りをしているものなど様々だ。
だが、出稼ぎ組もタイのIDを所持しておらず、不法滞在に当たるゆえ都市部へ出て稼ぐにもそれなりのリスクがある。
実際、チェックポイントは帰りの方が多く、厳しかった。

中国人も多く住むこの地域では中国語も教えていた。この少数民族も中国に多く住んでいるという。

真剣に授業を受ける子供達。

難民キャンプの長が英語が堪能なため、子供達に英語を教えていた。辞書はみんなで使いまわしている。
子供達はキャンプ近くの学校へ通わせてもらっている。キャンプがある地域は国が違えこそ、同じ民族同士ということで受け入れてもらっている事だそうだ。
子供達がキャンプに帰ると、また勉強が始まる。
この日は英語の授業で大人が子供達に教えていた。
子供達は真剣に授業を受ける。
授業風景を撮影していると子供達からは、生きるために学んでいるというのを感じられる。
教育を受けられるというのは彼らにとって幸運であり、チャンスでもあった。
学生時代に勉強をあまりしなかった私は、少し恥ずかしくなった。
昼間に話を聞いた老婆の、子供達が元気で大人になってくれてよかった、としみじみ語ってくれた事を思い出した。

小、中学生のクラス。教科書が一つしかないため、みんな書き写していた。

このクラスはお寺の中で行われていた。
写真/文 八尋伸
※本文と写真は、APF NEWSの《プロジェクトBurma》と時を同じくして、タイ・ビルマ国境でビルマ難民キャンプを取材・撮影していた八尋伸さん(写真家)のゲスト寄稿です。

【プロジェクトBurma】(番外編)故長井健司記者の作品集「ビルマ~最後の取材映像」ほか

2010年11月19日 金曜日


タイトル:長井健司作品集「ビルマ~最後の取材映像」ほか
配信日時:11月18日

故長井健司記者の作品集(約30分)です。
順番に「ビルマ~最後の取材映像」「イラク戦争2003~子供たちの叫び」「タイ~エイズ孤児」「パレスチナ2006」
レポート・撮影・編集は長井記者。

「タイ~エイズ孤児」より

「パレスチナ2006」
「タイ~エイズ孤児」のナレーションは長井記者が自ら担当しています。
「誰も行かなければ誰かが行かねばならない」を信条とした長井記者の人柄、仕事ぶり、生きざまを是非ご覧ください!

2010/11/19 2:55

【プロジェクトBurma】冨田きよむと山路徹の現地報告・第4弾

2010年11月16日 火曜日

タイトル:冨田きよむと山路徹の現地報告・第4弾
撮影日:11月14日(日)
「プロジェクトBurma」とは―
11月7日にビルマで実施された総選挙を機に、可視化報道!APF Liveの取材班がビルマ国内に潜入、ビルマ軍事政権の非道と真の民主化を求めるビルマ国民の実情をライブでお伝えします。
今回は、山路徹(APF通信社代表)と冨田きよむカメラマンが14日、帰国直前のバンコクでタイ・ビルマ国境の取材を総括する。
また、スーチー氏解放後のビルマ情勢を軍事政権の対応、民主化勢力の動向、少数民族の問題などから考える。
画面左は民主化運動家でビルマ民主連合日本支部リーダーのココアウン氏。

2010/11/16 22:48